【釈文】
度々雖申届、路次不自由由候故、不相達□□□、
□之儀、日延無心元可有之候、度々如申、諸人□
中何も在城、走廻候□、巨細者堅固候、可心安候、
扨亦、朔十一御館へ相動候処、取出候間、即及一戦砌、
十郎方・平賀左京亮、一騎合之者共数百討取、
之外、又者□之為名字者三百余□□□候、討殺
者不知数候、今十二ニも雖相動候、一騎一人不取□、
兎角見詰候者、近日中ニ可討置候、次其方
□堅固防戦尤候、目出□□
□□□□謹言、
尚々、千坂対馬所へ
□申度候得共、
□次不自由ニ候
□候者、相心得尤候、以上、
(天正六年)
六月十二日 景勝(花押)
菅名孫四郎殿
堀江甚五左衛門殿
田中式部殿
嵯峨野修理亮殿