求志洞遺稿詩坤 越後 小林虎 炳文 著 一、懐ひを書す 宿志賢哲を学び 小人の儒たるを願はず 規模希文を慕ひ 画策敬輿を推す 宕にして俗務を擲ち 憂患廟謨に存す 烟霞豈を為さんや 詩書自ら娯しむに足る 緇常に愧づる所 営求久しく已(己)に除く 惟々斯の躬を直くせんと欲するのみ 従教人と称す 乾堂曰はく、先生の本領窺ふべし。
二、庚戌の二月念九、萩原(はぎはら)公寛等と同に、花を墨江の東に観、帰路口占す。 木母()寺前花を訪ふて去り 狐王祠畦江に沿うて帰る 日暮れて東風吹いて断たず 落紅幾片か遊衣に点ず
三、偶作 結髪墳典を受け 既に過ぐ十余の春 漫然として一得無く 終に是れ此等の人 日月流水の如く 才性亦限り有り 事業何の日にか就(な)らん 之を念へば独り神を傷ましむ
四、辛亥八月、象山先生に陪し、千代岬に到り、見る所を記す。 豆嶺房山紫翠分れ 崖を拍つ白浪気たり 八郎の逸躅知る何れの処ぞ 只見る茫茫として水雲に接す 此れ中津藩の為に砲を海上に演ぜしの時に非ざるか。
五、源右大将の墓 僻海に流竄して久しく雌伏す 一朝竜驤して坤軸を震はす 烱眼先づ占ふ形勝の区 七道の兵権収めて握に在り 往事悠悠たり幾星霜 只々見る旧墳小山の傍 香花寂寂として人の到る無く 法華堂前鳥空しく鳴く
六、壬子の元旦 行年二十五 志業尚ほ成り難し 今日屠蘇の酒 赧然として傾くるに耐へず
七、秋日懐ひを書す