六四、仲冬十三目、夜、時事を思うて眠る能はず。更深うして風雪忽ち起る。偶々李愬蔡を拔く事に感じ、遂に此の作あり。 長蛇毒を吹いて中州に蟠り 豺狼群起して争って人を噬む 朝廷未だ得ず誅夷の術 書生空しく嘆ず国歩の艱 永夜耿々として睡る能はず 灯前刀を拭うて意慷 狂風一陣毛骨寒く 窓外颯騒として飛雪至る 忽ち憶ふ当年李愬能く奇を出すを 軽兵を部勒して悉く枚を銜む 道を倍し行を兼ぬ夜雪の裡 直ちに蔡城に入って凶魁を縛す 甲子の仲冬、余広島に在り。防長事情五篇を著はす。読んで此の詩に至り、追感に堪へず。
六五、画に題す 畳嶂天日を遮り 清渓纓を濯ふに足る 中居を卜する者 応に世間の栄を薄んずべし
六六、乙丑の秋日作 新鴈幾行晩晴に横はり 露叢喞喞として虫声聒し 胡枝花老いて菊花未しく 一苑の秋光決明に属す
六七、災後新居偶成 図書千巻塵に委す 小屋初めて成って病身を寄す 学芸邦にゆ天或いは諒せん 窮通命あり我何ぞ顰せん 時危うして切に憶ふ敬輿の智 母老いて唯嘆くのみ子路の貧 介任他れ俗児の笑ふを 幽情毎に古人を親しむ
六八、乙丑の夏、長賊再び命に抗ず。大師已に出でて、浪華に駐まる。秋に抵って進勦の計未だ決せず、賊勢益々熾んなり。之を聞いて慨憤に堪へず。遂に此の作あり。 国歩艱難唯此の時のみ 長門の消息更に人を驚かす 壮忠未だ見ず干城の士