異言朝野尚ほ紛然たり 士庶方に迷ふ亦憐む可し 吾は恥づ曲学斯の世に阿るを 沈淪を以て剰年を終へんと欲す 満腔の不平発して韻語を作す。
一二八、偶作辛未 既に妻妾の身辺に伴ふ無し 豈女児の膝前に環る有らんや 僑寓想相従ふ書数巻 門を杜ぢて客を謝す静か成ること禅の如し
一二九、発跡 発跡すれば書生も即ち大臣 飽くまで知る富貴は浮雲の如きを 吾に経世安民の略無し 甘んじて山中臥雲の人と作らん 安石山に還る。
一三〇、梅雨新に霽る 数声の霹靂断梅の雷 抹墨の陰雲忽ち駁らに開く 夕陽横ざまに照らす前山の樹 翠色流るるが如く檻に映じて来る
一三一、夏日江上即事 驕炎砂礫熱し 風死して碧江平らかなり 日午にして人の渡る無く 楊湾一棹(掉)横はる
一三二、苦熱 苦熱人(ひと)釜中(ふちゆう)に坐するが如し 肩を聳やかして四顧して雲虹を望む 忽ち聞く轣轆たる(隣)磨の響 誤り認む雷声遠空に起るかと
一三三、田中脩道の偶作の韻に次す 宿未だえざるに齢将に傾かんとす 自ら沈淪に甘んじて此の生を了へんに 廬を結ぶ何ぞ必ずしも林壑に在らんや 心閑なれば城市も亦幽清なり」 酔裏儘々乾坤の小なるを覚ゆるも 静中独り理義の精しきを玩ぶ 笑他す世上の軽躁子 失意輒ち不平の鳴を作すを」 是非得喪曷んぞ較ぶるに足らんや 自ら上帝の眼分明なる有り 悠然として肱を曲ぐ北窓の下 樹竹階に接して風堂に満つ」
一三四、将に高知に赴かんとして三又駅に宿す 渓流砌を繞って響き淙淙たり 幾個の啼猿屋後の峰 今夜堪へず故園の感 故園亦盍んぞ吾濃を憶はざらん