一三五、三国嶺を過ぐ。是上杉霜台師を関左に出す路なり。 山深くして霜の降ること早く 八月薜(薛)蘿紅なり 林を隔って哀猿叫び 渓を度って悲風来る 嶺路長くして険に 僕夫倦み且つ恫む 躋り抵る最高頂 三州此の中に分る 懐ふあり不識庵を 万兵関東に出す 馳駆掣電より疾く 蹂躙群雄を懾れしむ 嗟(ああ)余(よ)齷齪の質 四十未だ功を成さず 病を輿して此に経過す 愧赧何ぞ窮り有らんや
一三六、又 疇昔江門より譴を獲て還る 自ら期す久しくは郷関に臥さじと 誰か料らん索居廿歳に垂んたらんとは 竹輿疾を舁(よ)して斯の山を度る
一三七、猿が京の村辺の作 危嶂環廻して日斜めなり易し 疎鐘声裡群鴉噪ぐ 山村の秋色何物にか属す 雪白なり満園蕎麦の花
一三八、熊谷道中雨に遇ふ 陰雲漠々として望み明らかなり難し 細雨霏霏として少しくも晴れず 輿窓密に鎖して昼()夜の如し 尽日唯聞く(伊)軋の声
一三九、東京に抵る。二首 十八年前北帰の客 一千人外再遊の人 旧朋飄散して尋ぬる処無く 何限の情懐孰(た)れに向ってか陳べん 余此の詩を友人蟻川某の処に観る。先生再遊のとき、旧朋凋謝す。此の嘆ある所以なり。 奕葉の覇図夢一場 空しく看る松樹厳霜に傲るを 城楼旧に依って人旧に非ず 黍(黎)離を賦せざるも亦断腸
一四〇、東京客舎偶作。二首 病身国を離るる若為の情ぞ 旅館の寒灯夢驚き易し 今日未だ言はず家山の隔たるを 高知此を去って尚千程 雨滂沱として且に浹旬ならんとす 破窓風入って客袍寒し 何限の郷思遣る所なし 一編の野枕頭に看る