古を弔(吊)して晩風に立てば 千松濤声起る
一四八、天王寺の浮図に登る 危塔幾百尺 空に聳えて勢嶢たり 結構(搆)既に宏壮に 基址又因って高し 吾来って此に登攀し 檻に循って儘々逍遥す 俯瞰すれば飛鳥小に 仰ぎ望めば青霄近し 西南海門豁(ひら)け 連甍(薨)洪濤に接し 摂山其の湾を繞(めぐ)り 千帆影相ひ交はる 淡嶼一抹翠に 波際巨鼇を浮べ 大城鬱として崢たり 万松烟(けむり)梢を籠め 澱江東北より来り 紆として其の腰を帯る 恰も竜蛇の蟠まるが如く 蜿蜒として動揺せんと欲す 眺覧興の尽くる無く 偉観復た遭ひ難し 超然として世外に出で 倏忽として塵慮消ゆ 遮莫(さもあらばあ)れ短景促し 悲風起って蕭々たるは 指点して眸(ひとみ)頻りに転じ 嗚嗚(鳴鳴)として歌謡を発す
一四九、客舎偶得 車声轣轆として夢初めて驚く 識らず暁来閑雨の晴るるを 窓紙漸く明らかにして日未だ上らず 既に聞く啅雀簷を繞って鳴くを
一五〇、孤鴻 孤鴻北自り至り 我が独り眠る楼を過ぐ 家山の事を問はんと欲すれども 嗷嗷として去って留まらず
一五一、辛未歳晩、高知県に在り。遥かに子進に寄す。 鬢鬚頒(須)白にして形容悴く 青年の意気雄なるに似ず 身天涯に落ちて疾ひ未だ癒えず 名を籍に垂るる望み全く空しく 雲山杳靄として郷関遠く 書剣蕭条として歳月窮まる 心事悠悠誰に向ってか語らん 独り巵酒を傾けて酔顔紅なり 先生高知に在るや、此の詩及び省録の跋文を贈らる。今猶家に蔵す。
一五二、壬申新春 東風驀地氷を解いて来る 先づ覚ゆ南洲和気の回るを 郭を繞る連山霞靉靆たり 空に舞ふ群鶴影徘徊す 池辺の細柳芽初めて緑に 屋角の早梅花正に開く ()って憶ふ故園春未だ度らず 寒威骨をして雪堆(たい)を為すを
一五三、東風 東風一夕急に 満園落花荒(すさ)ぶ 剰馥消え尽さず 猶蝶をして狂はしむ