一六○、石橋山 嵐気人を襲うて冷やかなること衣に透る 石橋山上烟霏鎖す 二位身を匿す処を尋ねんと欲す 只青鷦の樹を出でて飛ぶあるのみ
一六一、熱海の寓楼眺望 怪巌屹峙す怒涛の中 雲は散ず東洋万里の風 積水蒼茫として天に接する処 一条翠を横(よこた)ふるは是れ房総
一六二、即事 早起簾をいて試みに檻に凭る 雲は海面を埋めて望み通じ難し 屈伸臂頃風吹き散じ 杲杲(果果)たる初陽浪映じて紅(江)なり
一六三、再び熱海に抵る丙子 此の温泉を訪ぬること是れ両回 竹輿(伊)軋して山隈を下る 村童三五笑って相迎ふ 往日の髯翁今復た来ると
一六四、熱海の寓楼雑詩 忽然たる霹靂雷霆怒り 墨の如き乱雲奔って停らず 須臾にして海面悉く雨と為る 大島初嶼杳溟に没す 大嶼は翠に初嶼峡は 真鶴岬は海に飲むの如し 想ひ得たり当年源の鬼武 一帆浪を破って房洲に走る 雄壮。
一六五、伊香保雑詩 楼閣層層皆山に倚る 林幽に壑邃(たにふか)く人寰を出づ 山に対して晨夕興尽くる無し 妙は雲煙離合の間に在り 林蓊として山削然たり 誰か思はん此の処人煙簇(むらが)らんとは 人煙一百四十戸 生計只依る一脈の泉 仰いで上天を望めば星斗近く 俯して下界に臨めば駅村微かなり 地海面より高きこと四千尺 盛夏何ぞ疑はん熱威薄きを