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稿本略註国訳求志洞遺稿 文 乾
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稿本略註国訳求志洞遺稿 詩 坤全
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小林虎三郎
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求志洞遺稿について
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凡例
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3.影本陸宣公奏議の後序/4.四書章句集註題疏序/5.重学訓蒙の序
亦皆其の機に投じて其の妙を尽さざること靡(な)し。朝廷以て粛に、
賊以て懼る。
夫れ唯々其の量以て煩を制し難に処するに足る。故に
羽檄奔走の衝に当って、酬酢差(たが)はず。簿書紛擾の中に坐して裁割流るるが若し。都城一旦覆没するも、奔って
弾丸黒子の地を保ちて、気少しくも
まず。逆賊屹立し、数万の衆を擁し、数州の地を有し、
隠然睨視するも、心少しくも懾れず、君以て依頼し、民以て帰望す。
夫れ公の材の雄偉斯の如きを以て、其の自ら尽す所以の者は、則ち曰はく、上天子に負かず。下学ぶ所に負かず。他に恤ふる所無し。鳴呼亦至れり。
然り而して天、唐を佑けず。君心日に漸く怠り、群小之に乗じ、公忽ちにして以て国を去る。而して唐、竟に興らず。是れ則ち有志の士の
鳴咽痛哭して已む能はざる所以なるか。
然りと雖も公の大節、天壌とともに存し、日月とともに明らかに、万世人臣の
景仰する所と為れば、則ち区々たる一時の
用舎、豈以て其の軽重を為すに足らんや。
家翁少くして、公の人と為りを慕ひ、嘗て公の奏議を手写して以て蔵す。虎今復た之を読んで、既に公の議論を偉とし、又公の
逾遠を嘆ず。遂に公を敬慕する所以の者を書して、之が後序と為す。
大日本
嘉永六年歳癸丑に在るの秋九月日、後学小林虎撰。
四、
四書章句集註題疏序
子朱子畢生の精力を竭し、群言の粋純を輯(あつ)め、以て四書章句集註を著はす。其の聖賢の
底蘊を発揮して以て来世に示すや、至れり、尽せり。学者其れ
潜研力行して必ず其の極に至り、以て
嘉恵に答へざる可けんや。
然れども其の書たるや、言簡にして旨邃(ふか)く、或は未だ遽(には)かに暁(さと)り易からざる者あり。是に於てか、宋元以下、
疏義を作為して以て其の意を述ぶる者、蓋し亦尠からず。是則ち学者又其の可なる者を択んで、披閲参考して以て其の討論に資せざるべからず。
虎、年
冠字を踰え、始めて力を
経術に用ひ、実に尤も編む所を尊信し、反覆
玩索すること既に十余
なり。
頃ろ乃ち復朱子の遺(遣)書と、夫の諸家の説とを
渉覧し、其の
明切簡当にして、以て本註を
羽翼するに足る者を
襍取し、附するに己(已)の見を以す。
混融鎔貫略々
文理を成す。これを上欄に録し、名づけて、四書章句集註題疏と曰ふ。蓋し自ら講習に便するのみ。豈敢へて択ぶ所の精にして、後進に補ひ有りと曰はんや。
文久元年
歳次己酉、夏六月 小林虎敬書
五、
重学訓蒙の序
一人の身を以て十人の事を作し、百斤の力を用ひて万斤の物を動かす。重学の利亦大ならずや。
注釈
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3.影本陸宣公奏議の後序20-27
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4.影本陸宣公奏議の後序1-10
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4.影本陸宣公奏議の後序11-18
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5.重学訓蒙の序
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