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23.馬基頓の二英主の伝
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是に於て雅典(アテネ)と条約を定め、巴埃阿泥人(バエオニー)を降し、之をして貢を納れしめ、儀爾里利(イルリリー)を攻めて、之を敗り、遂に希臘(ギリシヤ)を離れて自主し、以て其の列国を統制せんと欲す。則ち先づ兵威を以て多拉西(トラシー)を注釈4脇降し、其の鉱山の利を収め、以て貨財を殖す。因って広く恩恵を施し、以て人心を引く。又的斯薩里(テスサリー)の地を注釈5蚕食し、遂に取って以て属部と為す。始め雅典人、民種を馬基頓(マセドニー)注釈6瀕海の地に播す。非立(ヒリツプ)之を悪む。三百五十八年に至り、遂に之を逐ふ。又安比波里士(アムビポリス)、墨多尼(メトネ)、波池達埃亜(ポチダエア)の諸府を攻めて之を拔く。尋いで、阿林突斯(オリンチユス)城を囲む。是より先、雅典の議政官垤摩士多尼士(デモステネス)、非立(ヒリツプス)の注釈7駸々として侵触するを見て、注釈8床の勢と為し、深く以て憂と為し、鋭意尽力して、之を拒ぐ所以を謀る。是に至って阿林突斯(オリンチユス)の警報急なるを聞き、其の将加勒士(カレス)・加里底慕士(カリデミユス)をして、注釈9師を帥ゐて之を援はしむ。二将皆注釈10粗鹵にして兵を暁らず。垤摩士多尼士(デモステネス)の節度に違ひ、戦って敗る。阿林突斯(オリンチユス)、力竭き勢屈し、遂に門を開いて以て降る。三百四十八年なり。
 此の城は雅典の内に在りて、最も強固なりと称す。而して今已(巳)に守られず。雅典人是に於て、其の力の非立(ヒリツプス)と注釈11角ふ能はざるを知り、因って埃西尼斯(エシネス)等をして来って和を請はしむ。非立(ヒリツプス)則ち故意に遷延して以て其の屈従を邀ふ。明年に至りて纔かに和を許し、条約は乃ち雅典の欲する所を非とす。
 後波西士(ポシス)を攻めて之を取り、又美塞尼亜(メスセニア)、亜爾加的亜(アルカヂア)及び他の諸部をして、彼羅本尼蘇斯(パロポンネシユス)に叛いて、以て己(巳)に附かしめ、己(巳)は則ち更に兵を出して、未だ服せざるの国を征す。強を以て弱に当り、策遺算無く、戦って克たざる莫く、攻めて取らざる莫し。勢威日に以て強盛なり。希臘(ギリシヤ)の列国之に敢へて抗する莫し。乃ち相共に推して盟主と為し、其の約束を聴く。
 是の時、波斯(ペルシヤ)に逆臣巴臥亜斯(パゴアス)なる者あり。頻りに廃弑を行ひ、政綱紊乱し、兵備解弛す。非立(ヒリツプス)因って大挙して之を伐たんと欲す。列国皆兵を以て従はんと請ふ。三百三十六年、非立(ヒリツプス)の女古力阿巴多拉(クレオパトラ)と埃比路士(エピリエス)王亜勒散得(アレキサンドル)偶々亜勒散得(アレキサンドル)は大王と名を同じくす。と婚す。非立(ヒリツプス)為に宴を埃加埃(エガエ)に設く。列国の公使皆会す。舞楽方に酣なはなり。其の臣巴烏沙尼亜斯(パウサニアス)忽ち非立(ヒリツプス)を刺す。非立(ヒリツプス)以て死す。或いは曰く。巴烏沙尼亜斯(パウサニアス)自らを行ふと、其の人を使ふと、古史確証無しと云ふ。
 非立(ヒリツプス)事を挙ぐる、速成を欲せず、必ず始終の利否を審かにし、以て緩急注釈12疾舒の宜しきを制す。故に前後大小数十戦、彼爾摩都斯(ペルモチユス)、庇散多慕(ピサンチユム)二役を除くの外、未だ嘗って敗を取らず。業殆ど将に成らんとして、一旦弑に遭ひ、其の志遂げられず。衆焉を惜しむ。子亜勒散得(アレキサンドル)立つ。
 亜勒散得なる者は、三百五十六年を以て、彼爾拉(ペルラ)に生る。天資注釈13卓犖、幼より大志を負ふ。父非立(ヒリツプス)嘗つて敵と戦って勝つ。王聞いて泣く。人以て問ふことを為す。則ち曰く、大人我が功名の地を奪ふ。是を以て泣くのみと。非立(ヒリツプス)因って其の非常の器たるを知る。亜理斯多的力斯(アリストテレス)之が注釈14傅と為る。亜理斯多的力斯(アリストテレス)なる者は、博物の君子なり。

注釈

23.馬基頓の二英主の伝4-14
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