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25.柳士健に与ふる第二書
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 学而章の註の、明善の字は、全く中庸に原づきて、其の義固より中庸の云ふ所と異なるべからず。前書之を論じて已に尽せり。小註云ふ所の若きは、恐らくは亦太だ拘はるに失せん。
 就中、明善の字、中庸の明善の字と、字偶々同じくして、義は則ち同じからずとは、殊に注釈14摸稜に属す。朱子経を解する、此くの如く其れ疎ならざるなり。明明徳の明、明善の明、皆学の功を用ふる処、老兄の言ふ所の如し。然れども、明明徳の明は、固より知行を兼ねて言ひ、明善の明は、則ち決して行を兼ねて言はず。二経の文、朱子の註、皆太だ分明なり。何ぞ必ずしも虎輩の注釈15呶呶を待たん。老兄更に詳らかに之を思へ。
 夫の副書の知行の説の若きは、虎未だ一一之を論ずるに遑あらず。然れども虎の見る所、意ふに前書及び本書の云ふ所に外ならず。固より、老兄の推して之を察して、更に示誨を賜はんことを願ふ。
 其の邦訳西洋人身窮理の言を観るに、ち其の所謂活力神気の類を以て、朱子の所謂注釈16魂と魄とに配せんと欲する者に至っては、則ち虎未だ遽かに一一之を論ずるを欲せず。又未だ一一之を論ずる能はざるなり。何となれば、則ち西洋注釈17人身窮理の言の、名を立て目を分つに、極めて条理あると、漢人の元気魂魄を之れ云ふとは、其の精粗虚実の相距る、注釈18啻に天淵なるのみならず、此を以て彼に配せんと欲するも、必ず得べからざる者あらん。且、西洋の学は、科を設くること甚だ広し。虎の若きは嘗つて此を窺へりと雖も、才質固より既に魯に、力を用ふることも亦浅し。其の学科に於て、一も其の終始を究むる者無し。而して、夫の人身窮理なる者は、本、医家の一科に属す。則ち亦嘗つて一二邦訳の書に就いて、其の概略を見るのみ。安んぞ以て其の要領を得るに足らんや。此れ則ち虎の未だ遽かに一一之を論ずるを欲せざる所以にして、又未だ一一之を論ずる能はざる所以なり。
 然りと雖も、虎毎に以為へらく、書を読む者は、宜しく心を平かにして注釈19気を易へ、一毫の私意を其の間に用ひざるべしと。則ち能く注釈20沈潜涵泳の功を尽くして、方に得る所あらん。若し漢土の書を読まば、必ず本邦の書と西洋の書と有ることを忘れ、本邦の書を読まば、必ず漢土の書と西洋の書と有ることを忘れ、西洋の書を読まば、必ず本邦の書と漢土の書と有ることを忘る。然る後に各書の旨を究むるを得ん。是に於て又徐に各書の旨を以て、注釈21参伍して之を考ふれば、則ち好悪平らかなるを得て、是非可に当り、修己治人の道に於て益あるに庶し。虎固より其の功を用ふることの此くの如きを欲す。然り而して未だ能はざるなり。老兄果して西洋の言を学んで、漢土及び本邦の未だ足らざる所を補ふに意あらば、何ぞ其の原籍に就いて、心を平らかにし気を易へ、力を竭して注釈22翫索し、以て其の注釈23蘊を尽さざる。則ち其の発明する所、必ず細に非ざらん。
 顧ふに虎の浅陋なる、豈以て之を言ふに足らんや。然れども、老兄下問の意に注釈24孤くを欲せず。是(ここ)を以て注釈25冒(冐)昧此に至る。老兄其れ之を諒せよ。虎頓首再拝。
 中庸の明善の明、既に成功を以て言ひ、功を用ふるを以て言はず。学而章の註に引く所も亦然り。虎已に本書の答を作る。後更に二経に考ふるに、自ら其の説の謬れるを知る。今日士健の書又来る。

注釈

25.柳士健に与ふる第二書14-20 25.柳士健に与ふる第二書21-25
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